季節のたより
まもなく巣立ち!(8月26日追記)
夏休みに入り1週間。子どもたちの声がしない学校は、寂しさに包まれます。
が、今年は「命の営み」が見られ、私たち職員一同の心が和ませてくれています。
始まりは6月22日でした。職員室の軒下にツバメのペアがやってきて、しきりに飛び交っていました。巣作りの場所探しです。
そして翌日から土運びが行われ、6月24日に完成しました。たぶん水田のあぜ道から土をくわえてきたのでしょう。くちばしを泥まみれにしながら、見事な巣ができ上りました。
巣材に植物の茎や乾燥した葉などが織り込まれています。巣の強度を高めるためです。誰も教えていない(教わっていない)ことだと思うのですが、感心させられるばかりです。
その2日後ぐらいから、右の写真のように親が巣の中に入るようになりました。そうです。卵を産み温め始めたようです。雨の日もじっと巣に入り、周囲に絶えず気を配ります。少し子どもの声が聞こえただけでも最初のころは、頭をもたげて注意を払っていました。
7月21日のことです。巣の中を潜望鏡のようなものを作ってのぞいてみると、3羽のひなが生まれていました。親鳥が近づいて、くちばしを巣の中に差し込むようすが何度も確認できました。まだ、自力で餌をもらうことができず、親が口の中に押し込んでいるようにも見えました。
その翌日、ひなが自分で餌をもらう様子が観察できました。
よく見ると、3つのくちばしが見えます。目がまだ明いていないこともわかります。
親が来た気配を察して口を大きく開けています。
なんでも開いた口の形は菱形で、大きく開いた口に餌を差し入れる仕組みになっているそうです。
だから必死になって口を開けるのです。また、満腹になると、口を開けなくなるので、ほぼ平等に餌を食べるといわれています。
7月28日になると、目が明きました。そして、みるみるうちに体が大きくなっています。成長のスピードの速さに驚かされます。
巣の前を横切るもの(親鳥に限らず、トンボやチョウでさえ)に素早く反応して口を開けています。食欲は極めて旺盛で、親鳥たちはひっきりなしに餌を運んでいます。この時点で、梅雨明けはしていませんでしたから、まさに「雨にも負けず」といったところでしょうか。頭が下がる思いでした。
その後、すくすくと成長した子ツバメたちは、外敵(主にカラス。子ツバメを襲い、自分のひなたちの食料にすることがあります。)に脅かされることはありませんでした。
8月に入るころになると、大きくなったせいか、巣の中で窮屈そうにしています。そして、盛んに羽を広げたり、羽ばたきの練習を始めたりしました。
ときには、勢い余って巣から落ちそうになったこともありました。
右の写真は、8月5日のようすです。外の様子に興味津々という様子がうかがえます。羽も立派に生えそろい、親ツバメと見分けがつかないほどになりました。
お盆のころに巣立つことは間違いはありません。学校も閉校日になるので、その場に立ち会えないのは何とも寂しい気分です。(毎日見ているうちに情が移ってしまったようです。)
巣立った後は、しばらく親ツバメから餌の捕まえ方などを教わり、9月ごろには東南アジアへと旅立ち、冬越しをします。ある日突然姿を消すので、びっくりすること間違いありません。
そして、また春に日本へと帰ってきます。その日を楽しみに待ちたいと思います。
その後の出来事
8月17日に学校に来ると、巣は空っぽになっていました。やはり、お盆のうちに巣立ったようです。周りを見ても姿がないので、お別れができなかったなあと思っていると、何と翌日、8月18日の朝、5羽のツバメがやってきました。
懐かしそうにその周りを飛ぶ姿を見て、巣立った子ツバメ3羽と両親のようでした。子ツバメは尾羽が短く、少し頼りなさそうな感じがします。様々な試練を乗り越えて、大人になっていくのでしょう。5分ほど飛び回ると、姿が見えなくなりました。きっとお別れを言いに来てくれたのだと自分では思っています。
土用
7月21日は「土用丑の日」です。
さて、土用というと夏を思い浮かべます。しかし、1年間に4回の土用があることをご存じでしたか。 そもそも土用とは、土旺用事(どおうようじ)という言葉の略語なんだそうです。では、土旺用事とは何か。少し理屈っぽくなることを、あらかじめお断りしておきます。
古代中国の考え方に「陰陽五行説」というものがあります。それは、自然界のあらゆるものを「陰」と「陽」に分ける「陰陽論」と、自然界は「木」「火」「金」「水」「土」の5つの要素で構成されているという「五行説」とを組み合わせて、宇宙や自然などのあらゆる現象を説明する考え方です。
この五行説の5つの要素を季節にあてはめると、次のようになります。
春・・・木(植物のように発育成長する季節)
夏・・・火(勢いが頂点に達し燃えさかる季節)
秋・・・金(熱や勢いが衰え、凝縮する季節)
冬・・・水(エネルギーを蓄え、静的に留まる季節)
こうなるとおかしなことになります。「土」が出てきません。
しかし、昔の人は,土を次のようにとらえて、季節に位置付けたのです。
土・・・「植物の発芽の場所としての土」ということから
「大きな変化を促し、保護する場所・時期」
つまりは、四季の間に「土」の時期があり、移り変わりをコントロールしていると考えたわけです。
ということで、土用を、春と夏、夏と秋、秋と冬、冬と春の間に位置付けました。それで年4回あるのです。
細かく言うと、土用の期間は次のように決められています。
立春・立夏・立秋・立冬の前の18日間,今年だと、それぞれ次の期間が「土用」になります。
春土用: 4月16日〜 5月4日
夏土用: 7月19日〜 8月6日
秋土用:10月25日〜11月6日
冬土用: 1月17日〜 2月2日
さて、この土用の中で最も馴染みのあるのが「夏土用」です。
夏の土用は、1年間で最も暑さの厳しい時期にあたり、江戸時代には柿の葉を入れたお風呂に入ったり、お灸を据えたりすると夏バテに効くとされていました。
これらは、外側から効く回復方法ですが、私は内側から効く方が好きです。
それが「うなぎ」です。「土用丑の日=うなぎ」というのぼりやポスターが見かけられますが、栄養的にも疲労回復に役立つようです。
このうなぎを食べる習慣は、決して古いものではないようです。
エレキテルという治療器を発明したことで有名な「平賀源内」という人が仕掛けた宣伝広告がきっかけだったのです。
源内が、ある日知り合いのうなぎ屋と話をしていると「夏はうなぎが売れない」とぼやいているのを耳にして、「よし、任せておけ!」と1枚の紙にしたためたのが「土用丑の日、うなぎの日」だったわけです。
その宣伝文句を店先に貼ったところ、よく売れるようになったことから「うなぎの日」になったということです。
もっとも、何となく大雑把な話で、「張り紙一枚でそんなに変わるのか…経緯がはっきりしない」という疑問も浮かぶのですが、そういうことにしておきたいと思います。
夏の庭で
激しい雨が降り続いています。また、予想すらできないほどの大きな被害に、自然の恐ろしさを痛感させられるばかりです。
平年だと7月19日が梅雨明けだといいますから、まだしばらくは雨が続くのかも知れません。
気象庁の統計によると、九州北部の梅雨明けで最も早かったのは1994年の7月1日、最も遅かったのは2009年の8月4日ごろのようです。その差が1ヶ月以上ありますから驚きです。
もっとも夏休みが近づくにつれて、梅雨も収束に向かうことは間違いがなさそうですので、一日でも早く青空が広がることを願わざるを得ません。
さて、今月の話題に入ります。
ちょっとしたクイズを出します。「あるなしクイズ」というものです。
〇〇はあるが、◇◇はない…というヒントから、そのものを当てるというものです。
では、次の文を読んで、あてはまるものを考えてください。
・ナガサキはあるが、クマモトはない。
・カラスはあるが、スズメはない。
・黃色や黒はあるが、緑や赤はない。
・帝(みかど)はあるが、将軍はない。
もしすぐに「ピン!」ときたり、お分かりになったりした方は、昆虫に深い関心をおもちではないでしょうか。
実は、アゲハチョウの仲間の名前を表したものなのです。
様々な種類のアゲハチョウがいますが、「ナミアゲハ」「キアゲハ」「アオスジアゲハ」は、校内でもよく見かけます。
このアゲハチョウの仲間は、同じアゲハチョウであっても幼虫の食べる植物が違います。一例を挙げると次のとおりです。
チョウの名前 主に食べる植物名
ナミアゲハ ミカン、カラタチ、サンショウなどのミカン科
キアゲハ ニンジン、ハナウド、セリ科
アオスジアゲハ クスノキ科、タブノキ
ジャコウアゲハ ウマノスズクサ類(毒草)
クロアゲハ ミカン、カラタチ、セリ科
ミカドアゲハ クスノキ科、モクレン科
びっくりするのは、ジャコウアゲハが食べるウマノスズクサという植物には、アルカロイドと呼ばれる成分が含まれています。この植物を食べ続けることで、毒を蓄積させ鳥などの天敵に食べられないようしているのです。実に優れた「身を守る術」だと言えます。
さらに驚かされるのは、チョウたちが「卵を産むにふさわしい植物」を誰に教えられることなく見つけているということです。
ある昆虫学者の著作によれば、次のように説明されています。
母であるチョウ(母蝶と呼びます)は、まず飛びながら,目で色や形を見分け、卵を産むべき植物を探す。よさそうな植物を見つけたら、近づいて触角でにおいを確認、前脚で葉の表面を確かめる。もしそれがめあての植物だと確認できたら、一粒ずつ黄白色の卵を産み付けていく。
これは、自分が幼虫だったときの記憶がもとになっているということなのでしょうか。だとすると素晴らしい記憶の保持ということではないかと思います。
現在、職員室軒下で、ツバメが両親が交代しながら巣の中で卵を抱いています。
この営みも、きっと親がしていたことをどこかで覚えていて、自然に行っている行動なのでしょう。一生懸命に卵を温めている姿には頭が下がります。
近いうちに雛がかえり,さかんにエサをねだる姿ももうすぐ見ることができると思います。
生き物には、人間の想像を遥かに超える優れた能力があります。小さな命ですが、尊い命で我々が見習うべき力を持っているように思えてなりません。
でんでんむし
「梅雨」です真っ盛りです。降り続く雨の無垢に見えるアジサイが美しい季節です。
この時期に、校内のあちらこちらで目にする生き物があります。
それは「カタツムリ」です。シトシト降る雨の中でも生き生きと動き回っている姿を目にすると、夏が近づいてくることを実感させられます。
カタツムリそのものは有名ですが、詳しく調べることは余りないと思います。そこで、今回は「カタツムリ」の話題でまとめます。
カタツムリは何の仲間?
スズメは鳥の仲間、メダカは魚の仲間。では、カタツムリは…?
子どもたちに尋ねてみて、最も多かった答えは「虫」でした。なるほど別名が「でんでん虫」ですから、虫と思ったようです。
でも、正確には「昆虫」の条件を満たしていません。
①体が頭・胸・腹に別れている、②足が胸の部分から6本出ているという姿とはほど遠いからです。
正解は「貝」の仲間なのです。殻があることや、体の形が海の中にいるサザエなどの貝とよく似ています。正式には,陸貝(陸に生息する腹足類)のうちの殻をもつものの名前です。
カタツムリとナメクジの違いは?
これは、簡単にいえば「殻のある、なし」の違いだそうです。ナメクジにも(種類によっては)殻があった痕跡があるそうです。
でんでん虫という名の由来は?
子どもたちが殻から出てこいと囃し立てた「出ろ出ろ虫」→「出ん出ん虫」→「でんでん虫」となった説が有名です。 この他に、狂言の「蝸牛」で唄われた歌の歌詞から由来したとも言われています。
狂言「蝸牛」とはどんな話?
狂言と言えば、必ず登場するのは「太郎冠者(たろうかじゃ)」〜いわゆる主人公です。
この「蝸牛」は、太郎冠者はもちろん次の人物が出てきます。
・太郎冠者 ・主人 ・山伏
お話のあらすじは、次のようなものです。
ある日、太郎冠者(以下「太郎」)は、主人の叔父のために長寿の薬となる「かたつむり(蝸牛)」を探してくるよう主人から言いつけられた。
かたつむりがどんな生き物なのか全く知らなかった太郎は、かたつむりの5つの特徴を教わり、早速,山に探しに出かけた。
5つの特徴とは,次のとおり。
①やぶの中にいる
②頭が黒い
③腰に貝を付けている
④時々角を出す
⑤大きいものは人間ぐらいある
太郎がかたつむりを探し始めた頃、修行帰りの山伏が,疲れ果ててやぶの中で眠っていた。
そこへ通りかかった太郎は、その山伏をかたつむりだと勘違いしてしまう。勘違いした理由は、
①やぶの中にいる→確かにいた。
②頭が黒い→兜巾(ときん)をつけている。
③貝を付けている→法螺貝をつけている。
④角を出す→身につけていたものがそれらしく見える。
⑤大きさ→最大サイズ。
太郎の話を聞いた山伏は、少々からかってやろうという気になって、とうとう歌を歌わせ,踊らせる。
その歌詞が、次のもの。
「ハア 雨も 風も 吹かぬに 出ざ 釜 打ち割ろう
でんでん むしむし でんでん むしむし」
(雨も風もないのに顔を出さないならば、殻を打ち割って
しまうぞ。出てこい虫 出てこい虫」
山伏にだまされた太郎が踊りほうけていると、主人が帰りの遅い太郎を探しに来ます。太郎の姿を見て、主人は「かたつむりではなく、山伏である」ことを太郎に教え、2人で山伏を懲らしめようとします。
ところが、山伏は法力を使って、主人まで巻き込んで踊らせます。
太郎と主人が我に返ったときは、山伏はどこかへ行ってしまった後だった。
少々時間がかかりましたが、でんでんむしの名の由来の説明ができました。「出てこい虫」が「でんでん虫」になったというわけですね。
コンクリートの上を這うのはなぜ?
カタツムリの殻は,カルシウムが含まれています。成長するにつれて殻も大きくなっていきます。
一方コンクリートにもカルシウムが含まれています。
つまり、カタツムリはコンクリートやブロック塀の表面を囓りながら動き回っているというわけです。
実際、よく表面を見てみると小さな筋のようなモノが見えることがあります。これは、囓った跡なのですね。
梅雨といえばうっとうしい季節ですが、少し身のまわりの生き物に目を向けてみると、いろいろな謎に気付いたり,新たな発見があるかも知れません。「雨もまた楽し」です。
湿度が高く、過ごしにくい毎日ですが,くれぐれもご自愛ください。
田植えのころ
この時期あちらこちらの農地で、田植えの準備が行われています。
よく見ると、トラクターの後ろを鳥たちがついていきます。
この鳥たちは、主にサギの仲間です。灰色のは「アオサギ」白いのは「チュウサギ」のようです。
見ていると、トラクター通過後の地面をつついています。これは、掘り起こした土と一緒に虫などがあらわれたのをついばんでいるのです。
人間の営みをうまく利用して生きる野鳥のたくましさを感じさせられます。
数年前、こんな場面に出会いました。
アオサギがトラクターの横の、前輪の通過地点を見ています。どうやら他のサギより早くエサを食べるために智恵を使ったようです。
実に大胆なエサ探しです。しかし、トラクターは進んでいます。
「そのまま進むとサギが危ない!」と思っていると、トラクターは静かに止まりました。
「ああよかった」と思いました。でもなぜ止まったのだろうと思い、カメラのファインダーを覗き直すと、そこにはアオサギを見守る農家の方(運転手)の姿がありました。
優しい農家の方のおかげで、アオサギはゆうゆうと食事をすることができました。
何だか気持ちがほっこりするような出来事でした。
梅雨入り
突然ですが「十薬」という名前をご存じですか?これは漢方薬の原料の一つです。江戸時代の医学者、貝原益軒の書物にも出てきます。
せっかくクイズ仕立てで書き始めましたので、ヒントを出しましょう。
ヒント1:日陰を好む植物である。
ヒント2:生命力が強く、抜いても抜いても生えてくる。
ヒント3:強烈な臭いで、手につくとなかなか消えない。
どうでしょう。1つめ、2つめのヒントでは、いくつも思い当たるものがあったでしょうが、3つ目のヒントで「あれか」と思われたかも知れません。
そうです、ドクダミです。建物の陰などのジメッとしたところで白い花を咲かせる植物です。
今回は,これからのシーズンの花とも言える「ドクダミ」について記してみたいと思います。
ドクダミは、様々な薬効成分を含んでいて、古くから民間薬としても重宝されている植物です。
しかし、「毒があるんですよね」とか「触るとかぶれるんですか」といったことを尋ねられたことがあるように、ドクダミの「ドク=毒」であまりよいイメージをもたれていないのも事実でしょう。
早速ですが、ドクダミの名の由来ですが、主なものとしては「毒溜め」「毒矯み」と漢字で書きます。
これは、それぞれ「毒を排出する」「毒を抑える」という意味から来ているそうです。
先に述べたように、十薬と呼ばれるだけあって、次のような様々な効能があると言われています。
◇化膿性の腫れ物:新鮮な葉を炙って患部に貼ると、膿を吸いだして腫れが引く。
◇擦り傷・靴擦れ:同上
◇利尿・便通・高血圧予防:ドクダミ茶にして飲む。
◇水虫:強い臭いの成分には抗菌性があるため、生の葉を患部にすり込む。
◇あせも:摘んだ葉を風呂に入れて薬浴する。
◇胃痛・十二指腸潰瘍:青汁にして飲む。
これらは、効き目の一部を紹介したものですが、あくまでも「そう言われている」ことですのでご了承ください。
また、効果には個人差があるでしょうし、ときには命にかかわることも起きかねないことについても申し添えておきます。
このドクダミの利用方法ですが、消臭剤として使うこともできます。
使い方は簡単です。ドクダミを摘んで室内につるしておくだけです。
気になるのは、あの強い臭いですが、乾燥するにつれて匂わなくなります。
私も実際にトイレにつるして試してみましたが、確かに消臭効果がありました。初日は独特の臭いがありましたが、徐々に薄れてその日の午後には気にならなくなりました。
これは、試してみる価値があります。
ドクダミに関することとして、気になるのは「食用にする」ことです。
ベトナムでは、ザウジエプカーと呼ばれるドクダミの仲間を香草として魚料理に使います。(ザウジエプカーとは、魚の野菜の葉という意味)何でも生の葉を使うそうですが、日本のものよりも香りは強くないと聞きました。
日本でも、加熱すると臭いが和らぐことから「てんぷら」に使ったり、茹でて「おひたし」にしたりする調理方法が伝えられています。まるで山菜のような扱われ方をするのですね。
降りしきる雨の中で、ドクダミの白い花は美しく見えます。梅雨の時期の風物として,しばらく楽しめそうです。
立夏
今日は「立夏」。季節はすっかり「夏の入り口」になりました。
臨時休業で、寂しい日々を送っています。早く子どもたちの元気な声が響き渡るように戻ることを祈るばかりです。
さて、腹赤小学校に来て4年を迎えましたが、今年はじめて理科室の軒下にツバメが巣作りをしています。
ツバメは、日本では古来から「益鳥」として大切にされてきた鳥です。その理由は,稲の害虫を食べ、米作りを助け守ってきたからです。
そのため、農村部ではツバメを傷つけたり,巣を壊したりすることを禁じて大切にしてきたようです。
また、人の出入りの多い場所を選んで巣をかけることから、商売繁盛の印にもなっています。
では、なぜツバメは,人の家の軒先などに巣をかけるのかということですが、一番の理由はツバメを襲う敵が近づきにくいためです。
彼らは面白い習性があって、オスが先に日本に渡ってきて、巣をかける場所を探すそうです。その後、メスが来て、オスの準備した巣が気に入ると、ペアができるそうです。
中には、早くにやって来たのに,いつまでも一羽で寂しそうにしているツバメがいますが、 それはオスで,メスに気に入られることのない巣を準備したせいだとのことです。
巣づくりについては、以前は「去年来たツバメが,今年も巣をかけた」といわれていましたが、必ずしもそうではなく、むしろ違うツバメがやって来ているという話も聞きました。
彼らは、スマートな体つきをしています。高速で飛行するのに適した構造になっています。ところが、「天は二物を与えず」と言われるように、ツバメの足はとても短いのです。
実際に地面に降りるのは,巣を作るときに材料である泥を求めるときだけです。(何と水を飲むときも,水面すれすれを飛んでいくのです。夏場、プールで見ることができます。)
実は、ツバメの鳴き声は「土食って虫食って口渋い」というふうに聞こえます。そのように鳴くようになった理由を紹介した民話があります。
昔、スズメとツバメは姉妹だった。彼らの親の死に目に際して、スズメはなりふり構わず駆けつけて間に合ったが、ツバメは身支度に時間をかけたため、間に合わなかった。
その様子を見ていた神様は、スズメには穀物でも何でも好きな物を食べることを許したが、ツバメには土と虫以外を食べてはならないとした。だから、今でもツバメは「土食って,虫食って口渋い」と鳴いているそうだ。
ところが、それだけ人とのかかわりが深かったツバメですが、激減しているといわれています。
その理由は、大きく3つあげられています。
①巣をかける家が減った
そもそも、ツバメが好むのは周囲でエサがたくさんとれ、巣材も豊富な里山の軒がある家屋です。ところが、近年の家はつるんとした壁が多くなり、巣をかけるのが難しいためだと言われています。
②天敵が巣を襲うようになった
一番の天敵はカラスです。カラスは,巣を襲いツバメの雛を奪っていきます。カラスをかばう気は全くありませんが、彼らも自分の子育てのためにツバメを奪うようです。何とも言えない悲しい話です。
近年、人間の生活圏でカラスが増えていますが、原因は人間の捨てるゴミを餌にしているためであるとも言われています。
③エサが減った
ツバメたちは、3000〜7000kmもの距離を,命がけで渡ってきます。それは、春から夏にかけての日本にはエサとなる昆虫が豊富で,子育てに適しているからです。
ところが、田畑の宅地化や河川の護岸化、農薬の使用、耕作放棄地の増加によって,エサとなる昆虫が減ってきています。
「日本野鳥の会」の調査によると、親鳥は1日に520回も雛にエサを運んだといいます。ということは、昆虫の減少は、死活問題になります。
先日は、理科園にジャガイモの種芋を植えました。6年生の理科の教材です。登校日には、子どもたちと種まきをしたいと思います。
ミツバチ
パンジーなど校内の花壇をはじめ、あちらこちらに美しい花が咲きみだれています。
次々と花が咲くこのころ、花を訪れるミツバチの姿が目につきます。足に花粉団子をつけて花をめぐる姿には「頑張っているなあ」と感嘆の声が出るほどです。
ハチというとどうしても、毒をもっていて危険だという先入観がありますが、ミツバチは穏やかで,よほどのことがなければ攻撃される(針で刺される)ことはありません。
日本にはミツバチが2種類います。1つは、もともと日本で暮らしていたニホンミツバチ。もう1つは,明治時代にヨーロッパから持ち込まれたセイヨウミツバチです。
ニホンミツバチは、1匹の女王蜂に対して、1,2万匹の働き蜂がいて、ひとつの集団をつくっています。働き蜂は基本的にはメスばかりで、オスは春の繁殖期にのみ出現するそうです。
働き蜂は、巣の外に出かけストローのような口と体中を覆う毛を使って上手に花の蜜や花粉を集め、巣に運びます。
ここで素晴らしいのは,彼らは花までの距離や方角をダンスで仲間に伝えるということです。円形ダンスと八の字ダンスがあり、餌場が近いときには円形ダンス、遠いときには八の字ダンスを踊って伝えるそうです。しかも踊りのスピードで,どれくらい離れているかということまで伝えるそうです。
働き蜂の仕事は、食料の調達だけではありません。巣を快適に保つことも重要な仕事です。
巣の出入り口で,羽を震わせて外の新鮮な空気を巣の中に送り込んだり、時には水を口に含んで巣の中に打ち水したりして巣内の温度を下げることまでするようです。
働き蜂の重要な働きは、もう一つあります。
それは、巣の防衛です。
ミツバチの天敵の一つが「スズメバチ」です。
スズメバチはミツバチを捕獲し、彼らの幼虫の餌にします。
さて、ニホンミツバチたちは、スズメバチが現れるとどのようにして防御するかというと、スズメバチに対して,瞬く間に数百匹もの働き蜂がおおいかぶさり、塊をつくります。
そして、羽を震わせながら熱をつくり出してスズメバチの体を作るタンパク質を崩壊させます。(つまり、熱で殺してしまうのです。我々の使っている体温計も42度までしか目盛りがありませんが、それはそれ以上を測る必要がないということなのです。)
このようにしてニホンミツバチは、集団で敵を撃退します。ではセイヨウミツバチはというと、どうも単独で立ち向かうため,次々にスズメバチにやられてしまうようです。
なぜ、同じミツバチで違いがあるのか?
それは、セイヨウミツバチの故郷であるヨーロッパにはスズメバチがいないため、撃退する術をもっていないのです。
ミツバチにも、長い年月をかけて培った文化(習性)があるのですね。
近年、ミツバチを使った地域活性化の取り組みがあります。
その名は「銀座ミツバチプロジェクト」というものです。何と東京のど真ん中である銀座で養蜂を行っているのです。
その趣旨は、「ミツバチによって自然と共生できる銀座の街に出合ったのです。自然を排除しない。自然と共生できる。素晴らしいものに出合った!自然を受けとめる。それによって街はもっとうるおいを持つ。生活は豊かになる。採れた蜂蜜を銀座の“技”で商品にする」(プロジェクト世話人の田中淳夫氏)というものです。ミツバチは環境指標生物。ミツバチの住める都市は安全な都市といえます。ハチ、イコール“安全”のシンボルというわけです。
この取り組みは平成18年3月28日(ミツバチの日)に始まり、日本全国にも拡大しているそうです。
花壇のチューリップ
色とりどりのチューリップの花が咲き誇っています。
冬の寒さをしっかり感じると、茎を伸ばして花をつけるそうです。
桜
3月の「季節のたより」では、熊本地方の桜は3月21日ごろ開花予定であると伝えられている旨をお知らせしましたが、実際には、それより遅れて花が開きました。
その後、暖かい日があったかと思うと冷え込みが戻ってきたせいで、花が長持ちしました。
花がいつ頃までもつかを判断するコツがあるそうです。さて、どんなコツでしょうか。
それは、花の色の変化を見るとよいそうです。実際に,咲き始めの花の色は「白」です。白は白でも輝くような白で、少しばかり強い風にさらされても散ることはありません。
ところが、日が経つにつれて,花の色が「ピンク」に変わってきます。よく見ると花の根元の色の変化が著しいようです。そうなると、花の終わりを表します。
小さな花一つ一つの変化も、たくさん集まると大きな変化に見えます。
ですから、散りかけは、サクラの枝の色合いの変化で分かるというわけです。
さて、サクラと一口にいっても日本国内には10種類あります。ただし、これらは自生種といって「人の手によって育成されたものではない」種類です。有名なのは「ヤマザクラ」です。花が咲くのと同時に葉も開きます。山間部などでよく見ることができます。
園芸種は400種類を越えるとも言われます。ソメイヨシノはその一つです。
以前「ブラタモリ」という番組で、ソメイヨシノが取り上げられたことがあります。そのときの内容をまとめると次のようなものでした。
●江戸時代末から明治初期に,江戸染井村あたりの造園業者・植木職人によって育成された。
●江戸染井村は、現在の東京都豊島区駒込あたりである。
●エドヒガンとオオシマザクラの雑種である。
●そもそもは、「吉野桜」という名前をつけていた。
●これは、サクラの名所である奈良県の吉野山にちなんだものらしい。
●ところが、本家の吉野桜と種類が違うことが分かった。
●このまま「吉野桜」という名前をつけておくと、誤解が発生するため名称変更をすることにした。
●そこで染井村の名前をとって「ソメイヨシノ」と名付けた。
ソメイヨシノは、花が先に開き、華やかさがあることから人気があるサクラです。学校や公園などにもたくさん植えられています。
しかし、種が取れず,接ぎ木で育てるため、病気にかかりやすいとも言われています。
「ソメイヨシノ60年寿命説」という俗説が20年ほど前話題になったことがありました。その説の起こりは「ソメイヨシノの成長が早い分、老化も早い」とか「接ぎ木をした台木が腐りやすくなる」とか、これまた諸説がありました。
実際には、樹齢100年を越える老木も存在しているようなので、最近は話題に上がらなくなったようです。
さて、サクラの花が散り始めて「春たけなわ」になりました。
残念ながらコロナウイルス感染を防ぐために、休校になります。でも、たまには外に出て新鮮な空気と美しい春の景色を味わってほしいと思います。