学校の紹介

 

校歌


■校区の概要
 本校区は、益城町東部に位置し県庁の東部約12㎞の地点にある。面積は20.40㎞、世帯数974世帯、人口2.630人(平成23年4月現在)で、東部・南部は山丘陵が起伏し、北部は阿蘇山の裾野に属する大地が開け、中央部はおおむね平坦で、その中を木山川が流れている豊かな農村地帯である。従来から本校区は畑作農家を中心とした地域であったが、最近では職業も多様化し、兼業農家が増加している。スイカ、サツマイモ栽培など畑作施設園芸が盛んである。

 

 また熊本空港、テクノポリスセンター、東海大学宇宙情報センターなどを近くに控えて、校区内も大きく変容しつつある。校区民は勤勉で教育熱心であり、地域住民の連帯感も学校への愛着も強い。特にPTAの学校教育への理解も深く援助協力は積極的であり、PTA行事への参加も多い。 
  
 ■沿革概要
明治初年 寺中、田原、小谷、杉堂、下陳の五校を設立する。
明治19年 各校合併し、公立上陳小学校設立、支校を杉堂に置く。
明治24年 上陳尋常小学校と改称し、同時に杉堂支校は独立し、杉堂尋常小学校となる。
明治31年 上陳、杉堂の両校合併し、津森尋常小学校と改称する。
明治34年 校舎2階建110坪新築する。
明治38年 4カ年の高等科を併置し、津森尋常高等小学校と改称する。
明治41年 敷地拡張、2階建校舎1棟55坪増築する。
明治45年 校舎1棟2階建95坪を増築する。
大正2年   校舎改増築を行う。
大正7年   津森村立農業補修学校併設。(杉堂)
昭和3年   校舎1棟新築落成する。
昭和16年 学制改革により津森国民学校と改称する。
昭和22年 学制改革により津森村立津森小学校と改称する。
昭和24年 修学旅行の途次、日奈久沖にて師弟24名失う。
昭和25年 遭難者の慰霊塔を辻ケ峰に建立して冥福を祈る。
昭和29年 町村合併により益城町立津森小学校と改称する。
昭和35年 優良PTAとして、文部省並びに全国PTA連合会長より表彰を受ける。
昭和56年 日奈久沖遭難33年忌慰霊祭挙行。
昭和59年 日奈久沖遭難慰霊塔を校門わきに建立。
昭和61年 第28回創意工夫育成功労学校として科学技術長官賞を受賞。
       創立100周年記念事業として、こどもの像「風」を建立。
       学校創立100周年記念式典を行う。
平成8年  「伍三郎農園」開園式。
平成10年 日奈久沖遭難50年忌慰霊式典挙行。(約500名)
       県科学展「熊本県賞」受賞。
平成11年 県科学研究展示会において学校賞受賞。(20回表彰)
平成13年 文部科学大臣賞受賞。(創意工夫育成功労学校)
平成20年 体育館耐震工事完了。
平成22年 校務支援システム「ゆうnet」導入。
       自動昇降機工事完了。
平成23年 教務支援システム導入。

平成25年 ホームページ開設。

平成28年 熊本地震により被災。4月15日~5月8日、臨時休校。

令和元年 防災倉庫設置。

令和2年 町総合防災訓練実施。

令和2年 3月~5月、新型コロナウイルス感染拡大により臨時休校。体育館照明LED化。

     全児童・職員1人1台 タブレット導入

令和3年 日本教育工学協会 学校情報化優良校認定