学校生活

一緒に

 無観客試合 その2

大相撲を無観客で。

最初はなんだか違和感を感じていましたが、観客入りでは気付かなかった力士さんの出す音や、土俵の周りにいる役割ある人の動きなど、スポーツニュースを見ると新しい発見もあります。

 2月末に予定されていた授業参観ができなくなり、1.2.3.4年生は予定の授業を延期しましたが、5.6年生は、もしも春休みまで休校が続いたら6年生は卒業してしまう・・・・ということで、2月に準備していたことを(保護者の方には見てもらえなかったけど)発表しました。

 実は他にもたくさんできなくなったことがあるけど、その中のひとつ、『6年生を送る会』も。

5年生が中心になってせっかく計画していたのに・・・・です。

名前のあいうえお作文や、本当はオープニングで、5年生が練習してきた演奏も予定されていました。

かがやき1さんのハンドベル1曲と、みんなでリコーダー&ハンドベルで1曲を一緒に練習していたのです。

練習のとき、自分たちを録画して、見て、ひと笑いして、また練習していましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かがやき1と5.6年教室は、間がひと教室離れています。

学年の最初は、前までの流れのままで、朝の会と帰りの会と給食と・・

いくつかだけは交流教室、他は休み時間も昼休みも、ほとんどかがやき1で、本を読んだりして過ごしてきました。

 

 後期あたりからだったが、スケジュールに毎日2時間目の終わりに「5.6年教室へ行く」が入っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これをする!とかの決まり事はなく、「た~だ」一緒の教室にいる です。

時には話をしたり、時には何もしなかったり、時にはプロレスしたり。誰かと遊んだり、みんなと遊んだり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 工作展へ出品も、交流とかがやき1が一緒の場で作れるもの で、給食の配膳時間も利用して一緒に制作していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2月最終日のお昼休みは、前任の校長先生ともよくやってたフリスビーをして遊んでいました。

一斉休校の前に、職員が今後の対応の話し合いであたふたしているときで、結局これが、今年度最後の休み時間でした。

 

 

 世間には、自分と他の人とが ここがちがう とかで、偏った見方や知らんぷりや仲間はずしが是認されてきていますし、そのちがいを持つ人を疎ましく思う人も。

(自分自身も、同じことを繰り返したり、みんなの場で静かに!のときに、ひとりごとを言ったりするときに、冷たい目を向けたことがありました。

『そこにいること』を認めることが、できるようになってきているのは、中原の子どもたち、先生たち、保護者さんたち、ご近所さんたちの様子を見て、教えてもらって、少しずつですし、今も これからも 考え続けていくことです。

 

 中原小の校長先生は今年度で退職です。

阿蘇郡市の特研をここ7年、県の特研でも5年お世話役をしてきました。

「あ~あと2週間しか・・・ほ~んなこてもぅ・・・。」と、片付け等の合間にため息をついていました。