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母の「ふるさと」を訪ねて~「ふるさと」は生きる力~

 この夏、私の母が卒寿(90歳)を迎えました。母の生まれ故郷は、北海道の富良野市です。あの1981年の放送開始以来、日本中を感動の渦に巻き込んだ不朽の名作『北の国から』は、富良野の大自然を舞台にした“小さな家族の、大きな愛の物語”でした。

 母は、9人兄妹の7番目。「小さな家族」ではなく、昔の子だくさんの大家族に生まれました。小さい頃から家の手伝いというより、働き手として毎日汗を流して過ごしていたので、兄妹全員身体が丈夫で、長生きする方だったと感じます。

 そんな母も、80歳後半から急激に足が弱くなり、今では自力歩行も危うく、些細なことでバタンと倒れたりするようになってしまいました。そんな姿を観ていて、『最後に、もう一目、ふるさとを見せてあげたいなぁ』と思い、夏休みに家族旅行を計画しました。富良野では、唯一元気にしている妹や幼馴染と会ったり、生家の跡地に立ち昔を懐かしんだり、お墓参りをしたりできました。「もう最後だから」と言いながらたくさんの人にあいさつをしたり、生家の跡地で山を見つめたり、残っていた納屋にあった大きな草刈り鎌を「持って帰りたい」と言ったりする姿を見て、思ったのです。人生の中で大切な思い出とは、家族や友達と共に過ごし働いた日常であり、場所なんだと。特別な記念日ではなく、ふるさとで過ごした何気ない日常の日々が宝物なのだと。

 この時、心に浮かんだのが文部省唱歌「ふるさと」です。社会状況が目まぐるしく変化する中で、100年以上経ってもなおも歌い続けられている歌です。日本人にとって、心が落ち着き、癒され、初めて聞いてもどこか懐かしく、無意識に口ずさんでしまう、心の琴線に触れる歌です。その場所の景色、におい、空気、一緒に暮らす家族、まわりの友達や先生、そんな当たり前の日常こそ、実はかけがえのない日々なのかもしれません。そんな毎日に刻ん

できた足跡が、いつか自分の「ふるさと」と呼べるようになっているのだと思いました。

 子どもたちの「ふるさと」は、この南小校区で育まれる日常の毎日です。豊かな自然と、人と人との結びつき、脈々と流れる伝統と文化。その宝物に包まれて、アイデンティティを形成していきます。南小の門をくぐり、卒業された多くの先達もそうであったことでしょう。

 来年度、菊陽南小学校は創立150周年を迎えます。その記念すべき日に、多くの方々と、校歌と唱歌「ふるさと」を歌うことができたらと一人思いを馳せております。

 子どもたちの将来の姿は未知です。どこに住み、どんな生活をしていくのかわかりません。

しかし、どんなに時代が変わっても、景観が変わっても、遠く離れた地で暮らそうとも、「南小校歌」と「ふるさと」を歌えば、そこには自分だけのふるさとが再現され、人生の応援歌となり、たくましく生き抜いていく礎になってくれるのではないでしょうか。

 ふるさととは、自分の生きてきた証であり、足跡であり、人生を豊かにしてくれるものなのですね。だからこそ、菊陽町そして本校では、ふるさと教育に力を尽くしてまいります。