上地区めぐり

上地区めぐり

上永里地区 その6

 
 左の写真は、上永里公民館の敷地内にある「権現神社」です。近くに住んでおられる方に聞いてみたところ、昭和30年ころに現在地に移されたとのことです。ご神体は「鏡」で年に2回祭事が行われるということでした。
 右の写真は、雲羽神社です。かやぶきの屋根を保護するように新しい屋根が作られ、2重の屋根になっているのが特徴的でした。

上永里地区 その4


 いのししなどの農産物を荒らす動物よけの電柵の施設をいくつかみかけました。話をうかがってみると、50年以上前は、竹林や原野も少なくなく、開墾して農地をひろげられたそうです。現在は、田や畑が広がり、米や梨、栗などの果樹栽培も盛んなようです。
 また、農業用水は、清願寺ダムからのかんがい施設(上永里地区 その2にあります)ができ、作物の種類や収量も増えたということでした。

上永里地区 その2


 左の写真は、よく見かけるというか、ほとんどの畑や水田にあったものです。「たちあがり」と呼ばれるものだそうです。水道の大きな蛇口のようなものです。近所の方にたずねてみると農業用の散水施設で蛇口をひねると水が出て、その水で梨などの果実や畑の作物に水をかけるそうです。出る水は井戸水ではなく、「清願寺ダム」から取水してあるそうです。幸野溝より土地の高度が高いところの田や畑でとても多く見かけました。

上永里地区 その1


 上永里地区でも栗の木を多く見かけました。そしてクヌギの木も多く植えられているようでした。クヌギの木というと、カブトムシやクワガタを連想しますが、クヌギの木は「しいたけ」栽培の原木として利用されることが多いそうです。

永里地区 その6


 永里地区では、栗の木をよく見かけました。作業をされていた方に聞いてみたところ、もうすぐ収穫の時期をむかえるので、木の下に落ちている実(実が入らなかったもの)は「収穫時に邪魔になるのでひろった」とのことでした。栗の種類は、「たんざわ」「つくば」などだそうで、栗の種類によって収穫時期もちがうそうです。
 右の写真は、栗の木の近くに植えられていた「こんにゃく」です。こんにゃくは、地面の下に「こんにゃくいも」ができます。以前一度こんにゃくいもからこんにゃくを作ったことがありますが、スーパー等で売ってあるこんにゃくは、「このようにしてできるのか・・」と感動した覚えがあります。

永里地区 その5


上地区の代表的な農産物であるタバコを栽培されている農家のお宅にお邪魔しました。タバコの収穫は今(7月20日ころのことです)が最盛期でとても忙しいそうです。写真のタバコの葉は、収穫し乾燥させ大きさをそろえ出荷される前だそうです。

永里地区 その3


永里地区には、いくつかの「お地蔵さん」がありました。きれいにそうじがされ、花が供えられ、地区の人々から大切にまつられていることを感じました。

永里地区 その2


夏の花「ひまわり」と秋のイメージがある「コスモス」が並んで咲いていました。連日35度くらいの暑い日が続いていますが、秋の気配も感じました。

永里地区 その1


永里地区を流れる「幸野溝」です。
湯前町で球磨川から取水しているかんがい用の水路。1696年着工で、相良藩の役人高橋政重が約10年がかりのむずかしい工事を行い完成させました。百太郎溝ともに、上中球磨地方の水田の面積を飛躍的にのばしたことで有名です。幸野溝から球磨川にかけての地域の重要な農業用のかんがい水路で、当時のものからするとコンクリートで護岸された水路になっています。

井上地区 その3


学校から永山方面に行くと、「宮川内川」があります。宮内川は、前日までの大雨の影響でかなりの水量でした。川沿いの道を上流に向かって歩いていくと、「ネムノキ」が何本もありました。ちょうど花の季節で花が咲いていました。

井上地区 その2


「ヤマモモ」です。春には花が咲き、小さな赤い実がなるそうです。甘くそのまま食べることもできますが、しょうちゅうにつけておいて果実酒を作ることができるそうです。

井上地区 その1


 「トチノキ」がありました。トチノキは関東から東北地方の比較的寒冷地によく見かける木で、栃木県の県木だそうです。九州中央部が南限なので、ちょうど上地区あたりは南限になっていることでしょう。トチノキは葉もそうですが、木自体も大きくなり、大きなものは、テーブルの一枚板も作れるほどの大木に成長するものもあるそうです。
実もすりつぶしてクッキー状にして食することができるということですが、焼酎につけておくと打ち身の薬としても利用できるそうです。学校から永山方面に歩いていくと道沿いに、線が引いてあるような特徴的な大きな葉が目に入るのですぐわかると思います。