ビハ公園内の様子です。夏になると多くの昆虫を見ることができます。
宿泊施設として「トレーラーハウス」もありました。中はエアコンや水道施設・ベッド等も完備しています。
ヒヨドリも1年中学校にやってきます。シロハラと大きさや形が似た鳥ですが、胸のあたりの模様がシロハラの白色とちがい、灰色の斑点が目立ちます。
エノキ
「校舎裏の県道沿と北側校舎の角、それに崖下に大きなエノキがあります。いずれも幹回り2メートルを超しています。」(上村の文化財 第3集より)
トチノキ
「校庭の西北にあります。春から秋までは、葉が茂って丸いボールのような形をしており、子どもたちに緑陰を与えています。」(上村の文化財 第3集より)
お茶が栽培されていました。
「みずき園」です。6年生が、「ハートフル交流会」でお世話になっています。右の写真のように、食品を加工する施設もありました。
立派な「石蔵」がありました。(左) 持ち主の方に聞いてみると、今から90年ぐらい前の昭和2年に作られたそうで、「人吉球磨石蔵100選」にも選ばれたそうです。今は、倉庫として使用したり、石蔵の中でバーベキューをされたりされているそうです。
右の写真は、「納屋」です。今はあまり見かけない大きな木で作られていました。昔ながらのつくりの納屋でした。
酪農も盛んなようでした。右の写真は。牛の飼料が入っているそうです。
「春日ぼうふら」を作られていた方が栽培されていた「ふろ豆」という野菜です。実は、とても長く50~60cm位ありました。「三尺豆(さんしゃくまめ」ともよばれ、長いものは約90cmくらいに育つそうです。こんなに長い豆ははじめてみました。
ここ5年ほど栽培されていなかったそうですが、保管されていたたねを用いたら発芽し、栽培されているそうです。
左 メランポデューム 右 マリーゴールド
マリーゴールドはとても大きくなっていて1mくらいありました。
(学校の北側の斜面) (がけの下の わき水)
学校の北側の斜面は、かなり高い崖(がけ)になっています。どのようにしてできたのかと以前から疑問に思っていました。
そこで、地質学に詳しい、あさぎり町の中村富人教育長にうかがいました。
結論は、学校北側の斜面は、「免田川の河岸段丘崖(かがんだんきゅうがい)」ということでした。河岸段丘は、川の流れる水のはたらきでできるもので、全国いたるところで大なり小なり見られます。
川の流れる水のはたらきによって川底に砂・土・石などがつもります(たい積)。その川底のたい積物(たいせきぶつ)が長い年月の間に、大地の動きによって隆起(りゅうき)し地表にあらわれます。何千年、何万年かけて川はさらに川底や川の両側をけずります(侵食)。そうすると、かつての川底のたい積物は、川の流れる水によってけずられて崖や平らな部分ができます。崖の上の平らな部分が河岸段丘、斜面の部分が段丘崖ということです。
白髪岳から大なり小なりの川が免田川、球磨川に向かって流れていますが、学校から白髪岳の方角は、扇状地(せんじょうち)を形成し、その縁(へり)が学校の北側の崖です。扇状地の縁は、湧水(わきみず)が多くありますが、学校北側の崖の下を見に行くと湧水がたくさん出ていました。とてもきれいな水で、夏は冷たく、冬はあたたかく感じる水だそうです。大地の下を通ることによってろ過されたとてもきれいな水なので、以前はその水を飲む方もおられたということでした。
11月11日(月)
牛乳
きびごはん
さばのカレーパン粉焼き
みそ汁
のりごま和え
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
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