日誌

「差別の無い社会を創るために」

菊池恵楓園見学より(11月14日)
 6年生は、総合的な学習の時間に「差別のない社会を創るために~ハンセン病問題を通して~」を学習しています。これまでに、ハンセン病について正しい知識、歴史をとおして差別の現実、ハンセン病回復者の方の社会的に受けてきた差別や偏見を学習してきました。
 そして、実際に菊池恵楓園を訪問し、自分の目で、耳で、肌で差別の実態を学習してきました。
 【見学後の感想】 
 恵楓園に行きました。恵楓園には2mのコンクリートのかべや1.5mの堀がありました。ハンセン病患者さんが恵楓園から出られないようにしてありました。私は、間違っているのは国なのに、どうしてハンセン病患者の人々が隔離されなきゃいけなかったんだろうと改めて強く思いました。資料室では、そのコンクリートの壁に穴が空いている物が展示されていました。説明によると、ハンセン病患者が外を見るために空けた穴と書かれてありました。ハンセン病患者の中には小さいときから恵楓園にいて、外の世界を知らない人もたくさんいました。国は、国の近代化や戦争のためにハンセン病患者の治療をしないどころか隔離しました。その上患者の扱いは、隔離された事から、1人あたり2畳で、患者同士で助け合わなきゃいけないし、病気の重い患者の人を病気の軽い患者の人が看護しなければならないし、お互いが具合が悪くなったときに気づくように患者同士手首と手首をひもで結看病していたということもわかりました。国は怖い病気と勝手に決めつけて、そして患者を働かせていました。
 宿泊拒否事件では、励ましの手紙が188通、差別の手紙が127通ありました。励ましの手紙に比べて差別の手紙の方が少ないのですが、差別の手紙が来たというだけで胸が痛みました。 
 私は、今回の学習で国が間違った政策をとると多くの人が正しい判断ができず、間違った行動をし、差別をする事を知りました。